オードリーのラジオを聴いて「私とは何か『個人』から『分人』へ」を思い出した

オードリーのオールナイトニッポンを毎週聴いています

今週は中京テレビの市野瀬瞳アナウンサーがゲストとして来ていました

この市野瀬アナと若林さんは不仲説が流れてるくらい、お互いのことが嫌いだそうです

しかし、実際にラジオで始めて二人のやり取りを聴いたのですが、むしろお互い好きなように言っていて、逆に仲がいいんじゃ?と思わせるくらい楽しんで聴くことができました

ラジオを聴いてこの本を思い出した

若林さんが市野瀬アナを嫌いな理由は色々あるんですけど、市野瀬アナが若林さんを嫌いな理由が、

「自分のことを嫌いだから」

だそうです

「相手が自分のことを嫌いだったら、自分も相手のことを嫌いになる、そういうものだ」

というのが彼女の主張

これを聞いて思い出したのが、タイトルにもある「私とは何か『個人』から『分人』へ」という本です

どんな本?

平野啓一郎さんという作家さんがいます。普段は小説を書いている方なのですが、新書でこの本を出しているんですね

この本の内容ですが、「人間の基本単位を考え直すこと」(3頁1行目)を目的としています

人間のこれ以上割り切れない単位として「個人」がありますが、個人は複数の「分人」から成り立っているというのが平野さんの考え

じゃあこの「分人」って何だ?といいうことですが、

例えば、

会社で仕事をしているときの自分
親友と話しているときの自分
彼氏といるときの自分(彼氏いないけど)
茶々といるときの自分
それぞれを「分人」と呼びます

みんな「自分」でありながら、全て違う「自分」なわけです

私は茶々に対しては赤ちゃん言葉を使ってしまうときがあります(笑)でも、さすがに会社ではそんなことはしません

じゃあ、茶々といるときの、職場にいるときの私、どちらかが「本当の私で」、もう一方のどちらかが「偽りの私」なのかというと、それは違う

向かい合う相手や場所、モノ次第で自分の態度が自然と変わっているのです

この本が言いたいのはそういうこと「本当の自分」というのは、どれか一面ではなく、様々な対人関係ごとに見せる複数の面をひっくるめたのが本当の自分だと

好きな人と話をしていると、「良い自分」が出てくるし、逆に嫌いな人といると「嫌な自分」が出てくる

「良い自分」を引き出してくれる相手には自然と感謝の気持ちを持てるようになります

そして「嫌な自分」を引き出す相手には、「相手が自分をこうさせるんだ」と考えることができる

必要以上の罪悪感に苛まれることもなるんですね。「自分ってなんて嫌なやつなんだー」みたいな

精神のバランスを保つにも

また、「複数の分人」を生きているからこそ、精神のバランスを保っている」(115頁、8,9行)というのも納得

会社で失敗して「駄目な自分」に出くわしてしまっても、家に帰って、茶々が私の膝の上でくつろいでいると、「あ、自分は駄目じゃない。茶々に必要とされているじゃん」と思えるんですよね

「駄目な自分」ばかりと向き合い、精神を消耗するのではなく、良い意味で逃げて、切り替えることができるです

私はこの本で「分人」という概念を知ることで、上記のように考えられるようになって、生きることがすごく楽になりました

まとめ

以前は「自分はこういう人間だ!」と一言で言えなければいけないと思っていたんです

言うなれば、「ギャル系」とか(笑)カテゴライズされたかったんです。自分をわかりやすく表現し、可視化するために

でも、例えばAというものがあり、それと相反するBの両方を好きな自分がいても、おかしくはない

ぶれているわけではなく、色々な分人が自分の中に存在していて、その組み合わせが「個性」なのかなぁと

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と、そんなことを思い出しながら聴いていました。radikoというアプリでも聴けるので、興味のある方は是非

そして、茶々が病院に行った話はまた明日にでも

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